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学校訪問記 vol. 18 横浜市立戸塚高等学校定時制

2009年6月26日(金)横浜市立戸塚高等学校定時制

横浜市立戸塚高等学校校舎

写真:横浜市立戸塚高等学校校舎

横浜市営地下鉄「踊場駅」から徒歩7分、住宅街の中を走る細い道を抜けると、左手にまるでコンサートホールか大病院のような、白を基調にブルーグレーのアクセントが斬新なモダンな建物が見える。それが横浜市立戸塚高等学校定時制の校舎だった。
全日制の生徒と共有するこの校舎は、校門を入るとタイルを敷き詰めた広いエントランスがあり、左手に体育館を有するドーム状の校舎と、右手に多目的ホールを有する校舎を二階の渡り廊下が繋いでいる。
私たちが講演する多目的ホールがある校舎は右手の建物だ。玄関を入るとすぐ左手に広いホールがあり、グランドピアノが置いてある。
「凄ーい!!ここは、オープン音楽室・・ですか?!」
感嘆してそう訊ねた私に、今回の「心の宅急便」の担当者でガイダンス(進路指導)部の飯森収先生は「アハハ」と可笑しそうに笑った。
「音楽室は他にあります。ここは、そうですねえ。生徒たちが勝手にピアノを弾いて楽しんでいます」
講演二週間前、打ち合わせでこの学校を訪れた私は、「公立高校の建物」と言う既成概念とは見るもの聞くものが大違いのゴ−ジャスさに、いちいち「ウワー!凄い!」「ウワー!素敵」の歓声をあげたものだった。
「ムトーさんに講演していただく場所は多目的ホールと言って、三階にあります。そこもちょっとお楽しみいただけると思います。まずは、そちらからご覧ください」
応接室でお会いした永野和行校長代理先生は、柔和な顔をほころばせてそうおっしゃった。

永野校長代理先生

写真:永野校長代理先生

「ちょっと、その前に教室を覗いてみませんか?丁度授業中なので」
飯森先生に案内されていくつかの授業を教室の後部出入り口から覗かせてもらった。
数学の授業、英語の授業、国語の授業・・・。
「どうです?なかなか個性的な生徒たちでしょう?ん?ヨシヨシ、今日はみんな、結構真面目にやってるな?」
「定時制の生徒は制服がないので、化粧も金髪も茶髪もピアスも全て自由なんですよ」
飯森先生が私の背中から教室を覗いてそう言った。
「では、こちらにどうぞ」
案内された多目的ホールで、又もや私はびっくり!
「ウワー?!なんですか、これ?ここが高校の多目的ホールなんですか?!」
落ち着いたピンクに縁取られたブルーグレーのドアを左右に開けると、階段式になった紫のファブリックの跳ね上げ式設置椅子が400席ある会場が一望に見渡せた。グレーの絨毯が敷かれたその階段を降りきった正面に舞台がある。凄い!まるでシアターだ。
会場をじっくり見させていただき、マイクの音量テストなどをさせていただいた。
「講演中、スクリーンにイラストやDVDを投影するのですが、当日、パソコンに繋ぐプロジェクターを宜しくお願いします」
「はい、OKです」
飯森先生の合図で、ホール後部二階、ガラス張りの音響調整室から声が返り、天井からスルスルとプロジェクターが下りて来た。唖然呆然とする私。公立私立、色々学校を訪ねてきたが、こんな設備がある学校は初めてだ。
「何か他に必要なことがありましたら、何でも言ってください。大抵のことはできると思いますので」
二階の音響調整室から降りて来た矢野文剣先生が、まだ大学生のような爽やかな笑顔で言った。矢野先生は情報と数学の先生で、女子バスケットの顧問もなさっているそうだ。講演当日は技術関係を担当してくださることになっている。
「いいえ、もう、充分です。ありがとうございました」
私はお礼を言ってその場を去った。

「如何でしたか?」
応接室に帰ると、永野先生がニコニコと笑顔で待っていてくださった。
横浜市立戸塚高等学校は、全日制としては昨年80周年記念を迎え、定時制としては昨年60周年を迎えたそうである。改築して14年経つがこの学校の多目的ホールのような音響施設が完備しているのは全国でも珍しく、横浜市立高等学校としては5校のみだそうだ。
「先生も生徒たちも綺麗に使っているので、建てたばかりですか?とよく聞かれます」
と飯森先生。
「そうですね。病院か公共施設とよく間違えられるよね?」と永野先生がニッコリ。
「だけど、自慢は校舎や施設だけではありません。素晴らしいのはこの学校の先生たちなんですよ」
永野先生が私の目をじっと見て、そうおっしゃった。
「ここにいる飯森先生もそうですが、実に彼らはよくやってくれています。生徒に対する愛情は半端ないです」
「いやいや、うちの子たちは実際、可愛いですしね。この野郎!と言うこともよくやってくれますが、こちらが真剣にぶつかっていくと、あいつら、ちゃんと応えてくれるんですよ」
目を輝かせながら飯森先生。
「そうなんです。うちに来る子は、ほとんどの生徒が心に傷を抱えて来ています。だから、最初は大人を受つけないふりをしますが、本当はみんな甘えっこで素直で可愛いんですよ。ネ、飯森先生、うちの生徒、いい子ばかりだよね?」
永野先生と飯森先生のなごやかな会話のやり取りを聞きながら、思わず私は涙が出そうになった。ここの生徒たち、幸せだ!本当にそう思った。

この学校の職員室は、教科べつのしきりのない大職員室なので先生方全員が一緒になって、互いに生徒の情報を交換できるのだそうだ。毎日毎日それをやることで、生徒の状態を把握できる。
「だから、先生たちのチームワークの良さは抜群ですね。みんなとても仲がいいんですよ」と永野先生。
定時制は午後5時の給食から始まって5時半から授業が始まる。一校時、45分授業。授業の合間に5分間の休憩時間があり4校時が終わるのは8時45分。ホームルームが10分間あり、放課後週三回、10時まで約一時間の部活動がある。
運動系は軟式野球、陸上競技、サッカー、テニス、バドミントン、バレーボール、トレーニングとあり、文科系は書道、美術、吹奏楽、軽音楽、ライセンス、写真、ボランテイア、合唱、園芸と充実している。中でも、女子バスケット、野球、陸上は全国大会レベルまで達している。たった週三回の夜間の部活動の中で、だ。
教育目標も全日制にはない一文がある。
「勤労を尊び、学ぶ喜びを持った生活を営む態度を育成する」
16歳から19歳まで四学年、その他、20代から60代まで各年代層が若干名、全学年を通して380名在籍する戸塚高等学校定時制では、7、8割の生徒がアルバイトか正社員という形で勤労に携わっている。
ほとんどの家庭が経済的な理由で、全日制より少しでも負担のない教育環境として定時制を選択しているのだという。全日制の不合格から定時制を選択した生徒、不登校から居場所がなくなって選択した生徒など不本意入学も2、3割いるという。
「だから、私たちが一番の目的としているのは生徒との心のキャッチボールです。知識のキャッチボールはその後についてくるものと信じています」
永野先生の言葉に、飯森先生が深く頷いていた。

2009年6月26日、金曜日。今日は今学期「心の宅急便」の最後の講演である。
風爽やか。晴天。
今日の午後7時から8時45分までの一時間45分。永野先生、飯森先生に託された想いを、私は戸塚高等学校定時制の生徒たちにちゃんと届けられるだろうか?
「うちの子たちは、自尊感情や自己必要感を味わう機会が少なかった子が多いのです。
それが自信のなさや幸せ感の欠如に繋がっているのではないかと感じられます。ぜひ、一人一人に『誰よりもあなたがいい』と言ってやってください」
真剣な顔でおっしゃった永野先生、飯森先生。生徒を思うそのお気持ちにしっかりと応えたいと胸に誓って講演を始めた。
それなのに、私は始めて数分後にとんでもない失敗をやらかしてしまったのだ。
挨拶をした後、メッセージソングを2曲紹介する時、スクリーンに写った大きな文字が滲んで見えないのだ。焦った。どうしよう?!
実を言えば、私はこの数週間体調を崩して極度に視力が落ちていた。いつもなら朗読する台本を眼鏡なしで読めるのだが、今日ばかりは無理だと思って台本が置いてある譜面台に眼鏡を用意していた。だが、スクリーンに写る大きな字なら大丈夫だろうとそのまま裸眼で講演を始めたのだ。

一曲目の「あなたがいい」は 会場に流れるCDの歌詞を聴きながらその後をなぞって朗読すればすむので事なきを得た。だが、2曲目の「友だちにならない?」の曲は、CDの歌詞ではなく、その歌の原作となった絵手紙の言葉を読むのである。譜面台に置いてある眼鏡を取りに行こうかと一瞬迷った。だが、少々見えなくても覚えているだろうとたかをくくって読み始めてしまった。それが大失敗の元だった。
私は、あろうことか、サビともなる大事な一行をすっ飛ばして読んでしまったのだ。ああ、なんてことを!
飛ばしたのはすぐ気がついた。スクリーンを見ている生徒たち全員にもその失敗は分かったに違いない。でも、後戻りは出来なかった。私はそのまま最後まで読んだ。そして皆に謝った。
「ごめんなさい。私、このところ視力がうんと落ちていて、大事な一行を読み飛ばしてしまいました」
するとすかさず、最前列に座っている男の子が大きな声をかけてくれた。
「大丈夫だよ!ちゃんと気持は伝わったよ!!」
なんて優しい言葉だろう。私の失敗を笑うのではなく、労わってくれたのだ。
「ありがとう!頑張る」
と言ったかどうかは頭が真白になって覚えていない。ただ嬉しくてお礼を言って頭を下げた。そして会場から湧いてくるようなやさしい拍手をいただいた。
「心の宅急便」の講演をやるたび、いつも思う。子供たちはなんてやさしいんだろう。私の下手な講演と朗読を聴いて、大きな力強い拍手をくれる。それが励みとなって、又、私は次へと向かえる。「あなたがいい」という言葉と、「友だちにならない?」という言葉、そして高齢でいくつもの病魔に侵されながらも88歳から豆紙人形を作り続けた母の勇気と明るい精神力を子供たちに届けたいと思って始めた「心の宅急便」だが、いつも私のほうが子供たちに大きなものをもらっている。特に今日は、会場と舞台との心のキャッチボールができた瞬間をもらった気がした。

「みんなやさしいんですね。失敗したのに、あんなに大きな拍手をして慰めてくれて・・」
講演が終わり、舞台の袖で待っていてくださった飯森先生にそう言うと、飯森先生がにっこり笑った。
「あいつら、感じないものに対しては拍手なんか絶対しませんよ。そういう意味ではハッキリしてますから。たぶん、感じる力は物凄く持っている子たちだと思います」
嬉しかった。肩の荷がすーっと降りた気がした。微力だけど、私の想いもいくらかは届いたのかもしれない。
「よかったですよ」「生徒たち、どんどん引きこまれていましたよ」「うちのクラスの子、感じ過ぎて泣いてました」
すれ違う先生方もやさしい言葉をかけてくださる。みんなあったかい雰囲気の先生方ばかりである。
学校訪問記の写真を撮るためにお手伝いをしてくださった先生方がずらりと応接間に集まってくださった。永野先生、飯森先生、矢野先生の他に、司会をやってくださった社会の渋谷純一郎先生、体育の松尾健一郎先生、数学の武木一夫先生、同じく数学の木立敏樹先生・・・。

先生方と一緒の写真(後列左から 飯森先生、木立先生、渋谷先生、武木先生、矢野先生、松尾先生、前列中央 永野校長代理先生)

写真:先生方と一緒の写真
(後列左から 飯森先生、木立先生、渋谷先生、武木先生、矢野先生、松尾先生、前列中央 永野校長代理先生)

「あっ、お人形を運んでくださった背の高い女の先生は?」
「体育の川内やえみ先生ですね。すみません。授業に入っちゃって・・」
「そうですか・・残念です。あれ、先ほど何度もお茶を運んでくださった先生は・・?」
「国語の五十嵐陽子先生です。新人さんです。あ、彼女も授業だと思います」
そんな会話の中でも、先生方の和気藹々とした雰囲気から普段のチームワークの良さが窺がえる。本当にアットホームな学校である。
「うちはね、学校というよりは学園て感じなんですよ」
と飯森先生が胸を張って言う。
確かに、ほんの短い時間垣間見ただけであるが、どの先生も愛の教育に燃える“熱血先生”という感じがする。その先生方と生徒たちの関わり合い心のつながりは、きっと「学校というよりは学園」に違いない。
「うちは、四年間かけて生徒をじっくり育てあげています。だから、入学した時は心がバラバラだった一年生が、四年生で卒業する頃には心が一つになっていくんです」
「そう、四年生、可愛いですよー。もうこいつらとは心が通っていると感じますからね」
永野先生と飯森先生の楽しい会話は続く。
その「心のつながり」を創りあげる学校行事が毎年12月、四日間に渡って行う演劇発表会だ。二ヶ月かけて演劇に携わる時間を毎年毎年繰り返していくうちに、バラバラだった生徒たちの心も少しずつ一つになって行く。中間地点の二年生で、全員参加の二泊三日の宿泊旅行、そして卒業後の進路など全てが決まってからの四年生最後に行く修学旅行が戸塚高等学校定時制の仕上げなのだ。
「だから、うちの子たち、卒業式には晴れ晴れとした顔をしています」
そう語る永野先生のお顔も晴れ晴れとしている。
人生は、人との出逢いで決まる。戸塚高等学校定時制の生徒たちも、この学校の先生方に出逢ったことできっと新しい素敵な人生が開けるに違いない。そう感じた一日だった。

横浜市立戸塚高等学校定時制の公式サイト


                                                                                                                         
 
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